建築・アートの所感ノート

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読書感想:磯崎新「第1巻 散種されたモダニズム 」『磯崎新建築論集 全8巻』

 「大阪万博」と「つくばセンタービル」「散種されたモダニズム」の章が印象的だった。論理が素晴らしくて、良い映画やコンサートのあとのような感動があった。今さらながら、磯崎 新にシビレタ。

 

 

< 大阪万博 >

 「不可視のモニュメント」を目指したが、偶像崇拝的な太陽の塔が絶対的なモニュメントになった。人々が自由に入って、様々なことが起こるはずだった広場が、主催者による完全なる統制がされ立入規制された。この2点が企画した磯崎の意図に反する結果となった。

 

     引用「不可視なものを、という発想は、この種の図象が、あらかじめ決められ、それを中心的シンボルとして、観衆にあたえるというプロセスそのものを拒否するためであった。」

 

 磯崎の意図は十分に理解できる。先進的すぎたのだろう。インテリなコンセプトで、大衆は理解できない。現代においても変わらないと思う。1970年なら尚更そうだ。多分、今の中国みたいな状況かと思う。さらに、環境(視覚でなく音や光など)をデザインするのも技術力が不足して失敗したと述べていた。

 

 

< つくばセンタービル >

 ベラスケスの「ラス・メニーナス」を参照した説明が秀逸だった。以前、TV「美の巨人たち」で特集していたので、よく理解できた。王様と王妃が鏡に描かれることによって、彼らの視野がフレーミングされている。「つくばセンタービル」では、依頼主=王=国家となり、ベラスケス=磯崎という構造になる。「ラス・メニーナス」はグループポートレートなので、同様に建築では色々な様式を引用する。この引用は恣意性にのみ基づく。数年前に現地を見学したことがあるが、全く意図を知らなかったので気がつけなかった。

 

 「つくばセンタービル」では「大阪万博」とは反対に具象的なモチーフを散りばめた。その結果、引用元はどこに?などポストモダンが始まった建築界が論争になった。磯崎からすれば、引用元は重要でなく設計手法(構成)が重要だった。

 

 

< 散種されたモダニズム >

     散種(さんしゅ,仏: Dissémination,ディセミナシオン)とは、哲学者ジャック・デリダの代表的な用語。解釈への可能性についての概念。ただし、多義性とは異なる。

 

 「芸術=建築=都市=国家」

 これらはお互いが繫がっていた。例えば、芸術と建築は岡本太郎、建築と都市は丹下健三、都市と国家はニーマイヤーに代表される。

 

     「芸術・建築・都市・国家」

 しかし、繫がっていた関係は、実は独立していた。佐野利器や内田祥三ら構造派たちにより芸術は建築から切り離された。ニーマイヤーはブラジリアを設計したが、国家から追われて亡命した。そして、磯崎自身が建築設計を「都市から撤退する。」と宣言した。「都市計画が、すべての建築の存在に根拠を与える」と磯崎は丹下から学んだ。しかし、近代を乗り越えるために、その関係を疑ってみると、実は繫がっていなかったという。それぞれを別々に考える。それらを内部から批判する。批判することにより新しいパラダイムを生む。「建築を〈建築〉として批判し、都市を〈都市〉として批判し、国家を〈国家〉として批判する」

 

 磯崎の建築家としてのマニフェストになっていた。